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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1017号 判決 1989年9月29日

原告(反訴被告)

松浦新二

ほか一名

被告(反訴原告)

木村登

主文

一  被告(反訴原告)は、原告松浦新二(反訴被告)に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)は、原告松浦株式会社に対し、金二四万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告松浦新二(反訴被告)、被告(反訴原告)間に昭和六二年三月一三日発生した交通事故に関し、原告松浦新二(反訴被告)及び原告松浦株式会社の被告(反訴原告)に対する損害賠償連帯債務は、金二五〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

四  原告松浦株式会社のその余の請求を棄却する。

五  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

六  訴訟費用は本訴反訴を通じこれを一〇分し、その八を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告松浦株式会社の負担とする。

七  この判決は第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告松浦株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、金三二万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  主文第三項同旨

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告会社及び原告松浦新二(反訴被告、以下「原告松浦」という。)の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告松浦は、被告に対し、金一七三万九一三〇円及びこれに対する昭和六二年六月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告松浦の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 交通事故の発生

(一) 事故発生日時 昭和六二年三月一三日午後六時一〇分頃

(二) 場所 碧南市久沓町四丁目三〇番地先道路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 原告車両 自家用普通貨物自動車(名古屋四六や四八六七)

(四) 右保有者 原告会社

(五) 右運転者 原告松浦

(六) 被告車両 自家用普通貨物自動車(三河四五つ一七四五)

(七) 右所有者兼運転手 被告

(八) 事故態様 後記2記載のとおり(以下「本件事故」という。)。

2 事故態様

(一) 本件事故現場は、南北に走る幅員約六メートルの市道上である。

(二) 原告松浦は、本件事故前、原告車両を運転して、右道路を南から北へ時速約三〇キロメートルで、同方向に進行する被告車両に追従して進行して本件事故現場に差し掛かつた。

(三) 被告が、当時、飲酒の上気酒を帯びて被告車両を運転していたためか、被告車両は、右道路を蛇行しながら進行していたのであるが、本件事故現場に差し掛かつたとき、突然、左方向に大きく蛇行し、右道路の本件事故現場東端に立つていた電柱に激突して停車した(以下「第一事故」という。)。

(四) 原告松浦は、被告車両が停車したのを見て、直ちにブレーキをかけたが、当時、降雨のため路面が濡れていたことと、車間距離が十分でなかつたことのため、原告車両の左前部が被告車両の後部左角に衝突した(以下「第二事故」という。)。

3 被告の責任原因

酒気を帯びて運転してはならない義務及び安全運転義務違反という過失に基づく民法七〇九条の不法行為責任。

4 原告会社の損害

(一) 原告会社所有にかかる原告車両は、第二事故により破損した。

(二) 原告車両は、全損であつたので、原告会社は、原告車両の時価相当額金四一万円の損害を被つた。

5 過失相殺

本件事故の態様は、前記2のとおり二つの事故によるものであつて、第一事故は、被告の過失が十割であり、第二事故については、原告松浦と被告にそれぞれの過失があるのであり、その割合は原告松浦二対被告八である。

6 被告の損害

第二事故による被告の損害額は、過失相殺後は金二五〇〇円を超えることはない。

7 被告は、原告らに対し、本件事故に基づき金二五〇〇円を超える損害賠償債権を有していると主張している。

8 被告は、原告松浦に対し、後記五2ないし5記載のとおり、強迫により新車購入代金等と共に金二〇万円の支払いを求め、原告松浦は、やむなく、右要求に応じる意思表示をなし、昭和六二年三月一八日、被告に対し、金二〇万円を支払つたが、本件訴状において右意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

よつて、原告松浦は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき金二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年四月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を、原告会社は、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償請求権に基づき、原告会社に生じた損害の内金三二万八〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求めるとともに、原告らは、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償連帯債務が、金二五〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、事故態様は否認し、その余は認める。

2 同2の事実の事実のうち、(一)は認め、(二)は知らず、(三)及び四は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実のうち、(一)は認め、(二)は否認する。

5 同5の事実は否認する。

6 同6の事実は否認する。

7 同7の事実は認める。

8 同8の事実のうち、原告松浦が被告に対し金二〇万円支払つたことは認め、その余は否認する。

三  抗弁

1 交通事故の発生

事故態様を除き、本訴請求原因1と同旨

2 事故態様

原告車両が、同一方向に先行する被告車両に追従して進行中、被告車両に追突し、そのため被告車両が、進行方向左前部にあつた電柱に激突した。

3 示談契約の成立

被告と原告松浦との間において、昭和六二年三月二八日頃、左記の内容の示談契約(以下「本件示談契約」という。)が成立した。

(一) 原告松浦は、被告の治療費等一切の費用として金二〇万円を支払う。

(二) 原告松浦は、被告に対し、車両損害賠償として、被告車両と同型の新車両の購入代金を負担する。

(三) 原告松浦は、被告に対し、工具等破損について別途協議の上支払う。

(四) 原告松浦は、電柱破損について、NTTと協議の上支払う。

4 被告の新車両購入代金は、諸費用込みで金一五八万五七〇〇円であり、工具等破損に伴う損害は、金一五万三四三〇円である。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告車両が被告車両に追突したことは認め、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4は争う。

五  再抗弁

1 本件事件は、請求原因2記載のとおり第一事故と第二事故の二つの事故からなるものであり、原告松浦は被告に対し、第二事故により発生した被告の損害について、第二事故における過失割合に応じて損害賠償義務を負うに過ぎない。

2 しかるに、被告は、本件事故における責任の全てが原告松浦にあるものと強弁して、本件事故発生直後、本件事故現場において、原告松浦に対し、「お前は何で俺の車に衝突したのだ。」と大声で叫ぶや、原告松浦の顔面を殴打した。さらに、被告は、示談をすると言つて、原告松浦を被告宅へ連れて行き、事故当日の午後九時頃から翌日午前一時頃までにわたつて、酒を飲みながら、原告松浦に対し、「お前が悪い。お前がぶつからなければこんなことにはならなかつた。俺は前に傷害事件をおこしたことがある。碧南の警察官は全部知つている。警察など怖くない。帰りたければ新車を買つてよこせ。医者に行けば高くつくぞ。二〇万円支払えば医者には行かない。壊れた商品や工具の代金も支払え。言うことを聞かなければ、朝まで帰さないぞ。」等大声で強迫した。

3 原告松浦は、被告の言うことを聞かなければどのような目にあわされるかも知れないと畏怖し、昭和六二年三月一四日午前一時頃、被告の威迫に耐え兼ねて、被告の右要求に応じる意思表示をした。

4 その後も、被告は、原告松浦に対し、「早く金二〇万円を支払え。示談書も早く送れ。家に来い。言うことを聞かなければ、商品代、工具代が高くつくぞ。」等と強迫してきた。原告松浦は、被告の要求に応じなければ、今後どのようなことをされるか、また、どのような要求をされるかも知れないと畏怖し、やむなく、被告に対し、昭和六二年三月一八日、金二〇万円を支払い、同月二〇日、反訴請求原因3記載のとおりの内容の示談書を送付した。

5 原告松浦が、被告に対してなした右示談契約締結の意思表示は、被告が原告松浦を強迫したことによりなされたものである。

原告松浦は、被告に対し、昭和六二年三月三一日付訴状において、右意思表示を取り消す旨の意思表示をなし、右取消しの意思表示は、昭和六二年四月九日、被告に到達した。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実は否認する。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実のうち、原告松浦が被告に対し、昭和六二年三月一八日、金二〇万円を支払つたこと、同月二〇日、示談書が被告方に送付されて来たことは認め、その余の事実は否認する。

(反訴)

一  請求原因

本訴抗弁と同一である。

よつて、被告は、原告松浦に対し、本件示談契約に基づき、金一七三万九一三〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六二年六月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

本訴抗弁に対する認否と同一である。

三  抗弁

本訴再抗弁と同一である。

四  抗弁に対する認否

本訴再抗弁に対する認否と同一である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

第一本訴請求について

一  本件事故の発生

1  請求原因1(一)ないし(七)の事実については、当事者間に争いがない。

2  そこで、同1(八)(事故態様)について検討する。

右当事者間に争いがない事実に加え、成立に争いのない甲第一号証の一ないし一三、甲第二号証の九ないし一三、甲第三号証の五ないし八、甲第四号証の一ないし九、乙第九及び第一一号証、原告松浦本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、南北にほぼ直線に走る幅員約六メートルの市道(以下「本件道路」という。)上である。

(二) 原告松浦は、本件事故前、原告車両を運転して、本件道路を南から北へ時速二〇キロメートルないし三〇キロメートルの速度で、同方向に同程度の速度で進行する被告車両に追従して進行し、本件事故現場に差し掛かつた。

(三) 被告車両は、本件事故前、右道路を蛇行しながら進行しでいたため、原告松浦は危険を感じ、被告車両を避けるべくこれを追い抜こうと考えて、若干速度を上げたため、初め約一〇メートル位であつた被告車両との車両距離は約五メートル位になつた。

(四) 被告車両は、本件事故現場に差し掛かつたとき、突然、左方向に大きく蛇行し、右道路の本件事故現場東端に立つていた電柱に衝突して停車した(第一事故)。

(五) 原告松浦は、被告車両が停車したのを見て、直ちにブレーキをかけたが、車両間距離が十分でなかつたため、原告車両の左前部が被告車両の後部左角に衝突した(第二事故)。

ところで、被告は、事故態様について、原告車両が、同一方向に先行する被告車両に追従して進行中、被告車両に追突し、そのため被告車両が、進行方向左前部にあつた電柱に激突した旨主張し、被告本人尋問において、被告車両は電柱の一メートル手前の位置で原告車両に追突された、被告車両は、追突されるまでは時速約二〇キロメートルで本件道路の左車線の真中付近を真直ぐに走行していたところ、追突後、左前に押し出される形で電柱に激突した旨供述する。

しかし、前掲甲第一号証の一ないし一三、甲第二号証の九ないし一三、甲第三号証の五ないし八によれば、被告車両と原告車両の衝突によるそれぞれの損傷部位は、被告車両については左後部角付近、原告車両については左前部であることが認められるが、右各損傷部位は、本件道路の左車線の真中付近を真直ぐに走行していた被告車両が、被告車両に追従して進行中であつた原告車両に追突されたとの被告供述の事故状況とは必ずしも整合しないこと、左後部角付近に追突を受けた車両は時計回りに回転して右方向へ押し出されるものと解されるところ、追突後、左前に押し出されたとする被告の供述は不自然であること、さらに、前掲甲第四号証の三、五及び六によれば、電柱に衝突した時点において被告車両の前輪は、ほぼ真直ぐ前方を向いていたことが認められるが、時速約二〇キロメートルで走行していた被告車両が、電柱の一メートル手前の位置で原告車両に追突され、左前に押し出されて一メートル前進する間に被告車両の前輪がほぼ完全に左に向きを変えさせられたとすることは不合理であることから、被告の右供述は措信しがたく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

二  責任原因(請求原因3)について

被告が本件事故当時、酒気を帯びて被告車両を運転していたことを認めるに足りる証拠はないが、前記一2において認定した事故態様から、被告に安全運転義務違反という過失が存したことを認めることができる。

三  原告会社の損害(請求原因4)について

前掲甲第一号証の一によれば、原告会社が、第二事故により原告車両の時価相当額金四一万円の損害を被つたことを認めることができる。

四  過失相殺

前記一2において認定した事実によれば、第二事故の発生については、原告松浦においても、第一事故の発生前の被告車両の異常な走行状態(蛇行)を認識していたにもかかわらず、十分な車間距離を保たなかつた過失が認められるところ、前記一2に認定の被告の過失の態様を考慮すると、過失相殺として原告会社の前記損害額の四割を減ずるのが相当と認められる。

そうとすると、原告会社の過失相殺後の損害額は金二四万六〇〇〇円となる。

五  本件示談契約の成立(抗弁3)について

成立に争いのない乙第一号証の一によれば、原告松浦と被告との間において、左記の内容の示談契約が成立したことが認められる。

1  原告松浦は、被告の治療費等一切の費用として金二〇万円を支払う。

2  原告松浦は、被告に対し、車両損害賠償として、被告車両と同型の新車両の購入代金を負担する。

3  原告松浦は、被告に対し、工具等破損について別途協議の上支払う。

4  原告松浦は、電柱破損について、NTTと協議の上支払う。

また、原告松浦が、被告に対し、右示談契約に基づき、金二〇万円支払つたことについては、当事者間に争いがない。

六  強迫を理由とする取消し(再抗弁)について

1  成立に争いのない甲第六及び第七号証、乙第一〇号証(但し、「じだん書」と書いて丸で囲んだ部分については被告本人尋問の結果により成立を認める。)証人杉浦春男の証言(後記措信しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果および被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告松浦は、第二事故の発生直後、現場付近に居合わせた警察官を歩いて呼びに行き、警察官と共に現場に戻つたところ、被告が、被告車両から降りて来て、原告松浦に対し、大声で、「ばかやろう。」と言つて、殴りかかつて来た。この様子を見ていた警察官は、止めに入つたが、被告は、なおも原告松浦に殴りかかり、被告の右手が、原告松浦の右あごの辺りに一回当つた。

(二) 警察官は、現場において、被告に対し、飲酒の検知を実施したが、被告は、「被告車両は、原告車両から追突されたため、電柱に衝突した。」旨主張し、これに対し、原告松浦は、「原告車両は、被告車両が電柱に衝突したため、避けきれずに被告車両に衝突した。」旨反論した。

(三) 被告は、警察官による実況見分が終了した後、原告松浦に対し、事故処理の話合いをするため被告の自宅へ来るように求めた。これに対し、原告松浦は「後で話をする。今日は帰る。」といつて、一旦は被告の右申出を断つたものの、被告が、再度強く被告の自宅において話合いをすることを求めたため、やむなくこれに応じた。

(四) 原告松浦と被告は、原告車両で被告宅に赴き、本件事故当日午後九時過ぎから事故処理について話合いを始めたが、事故原因について、被告は、「被告車両は、原告車両から追突されたため、電柱に衝突した。」旨主張し、これに対して原告松浦は、「原告車両は、被告車両が電柱に衝突したため、避けきれずに被告車両に衝突した。」旨反論して、押し問答を繰り返すなかで、被告は、原告松浦に対し、「ばかやろう。」、「なぜうそをつくんだ。」等と罵声を浴びせ、さらには、「朝まで帰さないぞ。」と申し向けた。原告松浦は、かかる状況の下では被告との話合いは、困難であると考えて、帰宅しようとしたところ、被告は、原告松浦に対し、「まだ、話は付いていないから帰さない。」と大声で言つたため、原告松浦は、帰宅を断念した。

(五) 被告の知り合いである杉浦春男(以下「杉浦」という。)は、被告から電話による呼出しを受けて、本件事故当日午後一〇時頃、妻と共に被告宅を訪れ、原告松浦と被告との話合いに加わつたが、その際、杉浦は、原告松浦に対し、「保険屋に対してあなたが一パーセントでも有利な発言をすると金が出ないから、あなたが一〇〇パーセント悪いと言つておけ。」と勧めた。

(六) 杉浦夫婦は、同日午後一一時過ぎに帰宅したが、その際、原告松浦も帰宅しようとしたところ、被告は、原告松浦に対し、「お前とはまだ話がついていない。」と大声で申し向け、なおも同原告を被告宅に引き止めた。

そして、被告は、本件事故時、被告車両に同乗していた角谷光長(以下「角谷」という。)を電話で呼出し、原告松浦に対し、角谷に対して金一万円を支払うように言い、原告松浦は、被告に言われるままに角谷に対して金一万円を支払つた。角谷は、右金員を受けとり、原告松浦に対し、領収書を渡して帰宅した。

(七) その後、被告は、原告松浦に対し、「角谷は一万円で済んだが、俺はそれでは済まされんぞ。」と申し向けて、新車購入代金、被告車両に積んでいた機械工具代、レンタカー代及び治療費の支払いを要求し、念書を作成することを求めた。原告松浦は、被告が要求する金員を支払う必要はないと考えたものの、被告から「念書を書かなければ朝まで帰さない。」と言われ、やむなく翌日午前零時頃、被告の指示どおりに「機械工具、原材料、車、治療費、レンタカー代、費用みます。松浦新二。」という内容の念書を作成した。さらに、被告は、原告松浦に対し、「俺は、腰が悪いし、酒をよく飲むから肝臓も悪い。医者に診てもらえばすぐ入院となるが、そういうことになつてはお前が困るだろう。二〇万円支払えばそういうことは許してやる。」と申し向け、原告松浦は、同日午前零時半頃、被告の指示どおりに「車代金、二〇万円」という内容の念書を作成し、同日午前一時半頃、被告宅を去つた。

(八) 原告松浦は、その後も被告から再三に亘つて電話で「二〇万円を振り込め。示談書を早く送付しろ。」と督促を受け、早く被告との問題を解決したい一心で同原告が保険契約を締結しているB・I・Gに対し、事故原因に原告車両の追突である旨報告するとともに、被告に対し、示談書を送付するよう依頼し、また、昭和六二年三月一八日、被告に対し、金二〇万円を銀行振込により支払つた。

以上の各事実を認めることができ、右認定に反する被告本人および証人杉浦春男の供述部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右各事実及び前記一2において認定した本件事故態様を総合すると、原告松浦は、本件事故態様からして被告の要求の全てに応じる必要はないと思いつつも、事故直後に同原告を警察官の面前で殴打したり、事故当日から翌日にかけて約四時間半もの間、原告を被告宅に引き止めて、大声で罵倒したりする被告の態度に畏怖し、また、被告のいうことを聞かなければ、さらに多額の金員を要求されるかも知れないことを恐れて、本件示談契約を締結する意思表示をなしたことを推認することができる。

3  原告松浦が、被告に対し、本件示談契約締結の意思表示を取り消す旨の意思表示をなした事実は、当裁判所に顕著である。

第二反訴請求について

一  本件事故の発生

本訴請求原因一に対する認定と同旨。

二  本件示談契約の成否

本訴抗弁3に対する認定と同旨。

三  強迫を理由とする取消し

本訴再抗弁に対する認定と同旨。

第三結論

以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、原告松浦が被告に対し、不当利得返還請求権に基づき金二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年四月一〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告会社が被告に対し、本件事故による損害賠償請求権に基づき金二四万六〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告らが、本件事故による原告らの被告に対する損害賠償連帯債務が金二五〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六二年三月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を超えて存在しないことの確認を求める限度において理由があるからこれらを認容し、原告会社のその余の請求は失当として棄却し、被告の反訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条及び九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深見玲子)

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